元社会人マネージャーが送るマネージャーのためのブログ

【最大の原動力】マネージャーを続ける理由は1つ

元社会人マネの体験談
  • 地味
  • 自分が輝くことも名前がのることもない
  • 日本一になっても選手のように活躍できるわけじゃない
  • どんないい活躍をしても褒められることなんてめったにない

なのに『そんなマネージャーを続けれるのはなに?』と疑問に思う人、知りたい人もいると思いますのでお答えします。

といってもマネージャーだからといって特別な理由があるわけではありません。

すごく単純で理由も1つしかありません。

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最強の切り札

続ける理由は理由は1つしかありません。

それは自分のプライドです。

悪く言えば意地

これだけです。



プライドの意味を調べるとこんな意味です。

プライド(英語: pride)は誇り、自尊心自負心を意味する言葉。

wikipediaより引用




プライドと一言でいっても人によってはプライドはさまざまです。

  • やりきりたい
  • 自分で点を取りたい
  • 好きだからやっていたい
  • 言われたままで終わりたくない
  • 関わっていたい
  • 選手の役に立ちたい
  • 負けたくない
  • このまま終われない

など本当にさまざまです。

でも【自分のため】というのが1番の共通点だと思います。


私のプライドであり、原動力は

マネージャーをいらないと言った人にマネージャーはいるものだと証明すること、そしてマネージャーは必要なものだと認めさせること

でした。

すごく自分勝手で【認めてもらいたい】という単純な理由です。

これはマネージャーだけに限らず、選手だったときも【勝ちたい、優勝したい】といった自分のプライドが続ける理由であり、最大の原動力でした。


ハイキューでもこれを声を大にしていってくれたシーンがありますのでこっそりご紹介しておきます。どうぞ。

TVアニメ『ハイキュー!!』ベストエピソード第4位


嘘ではない

マネージャーをしていたのでここは誤解してほしくないのですが・・・

選手の役に立ちたいという気持ちは嘘ではありません

本音です。


実際に自分のプライドという最強の切り札にたどり着くまでの大抵の事は

  • 選手のために頑張りたい
  • 選手・チームの役に立ちたい

といった【人のため】ということで乗り越えられました。

ですが【選手のため】という理由では最大の原動力にはならなかったのもまた本音です。

【選手のため】にという【人のため】に続けることには限界がありました。

【選手のため】だけでは乗り越えられないこともありました。

もっときちんとお伝えするなら【自分のプライド】でしか反対意見やつらいことに対抗できなかったというのが正しいです。

同じくらい最強なもの

もしそんな言えるほどのプライドがなかったのなら・・・

そんなプライドすらなくしてしまったら・・・

自分のプライドがなかったら原動力がなくなるのか?と聞かれたら答えはNOです。


自分のプライドと同じくらいになるもの1つだけあります。

それはマネージャーとして必要とされた経験やチームで勝った経験です。


あの経験をもう1度したい、あの感動をもう1度味わいたいといったことがプライドと同じくらいの最強の理由です。

自分のしたことが正しいと思える気がして、自分が役に立てている気がするんです。

自分のプライドとセットなら更に最強になる原動力になります。


マネージャーをして味わった感動や嬉しかったことっていつになっても思い出せるものです。

なので時として頑張るときの栄養ドリンク・エナジードリンク的な感じにもなります。

先がなくても

確かにマネージャーは同じチームである選手に比べたら先については微妙です。

マネージャーをしても先がないと言われても仕方ないとも思います。


私も当時マネージャーをしながらも「先がないのにやってもいいのか?」と何度も何度も自分の中で葛藤しました。

でも最終的に先がなくてもやると決めたのは2つの決めてがありました。

1つは先がないとか考えるよりも【マネージャーは必要、マネージャーがいてよかったと認めてもらう方が先】という思いが強かったからです。

我らがら猪突猛進というか・・・ほんとうに単純だなと思いますが、ほんとうに悔しかったんですよ。

詳しくは下の記事をご覧ください。





2つ目は今まで自分が悔しい思いをしたことをもうしたくなかったからです。

カラリ
カラリ

先がないからとやっていない人に言われてやりたいことをやめるのか?

先がないからとやりたいことをしないまま、また後になって後悔するのか?

また同じことで後悔したり・悔しい思いをまた繰り返すのか?

といったことを思ったら・・・

先がなくても自分の気が済むまでやってみたかった。

先のことを考えて不安になってなにもやれないより、今の自分ができること・やりたいことをやって、やったあとに後悔した方がいいと思ったんです。


だから先がなくても社会人マネージャーをすることを選びました。

続けた先

マネージャーをいらないと言った人にマネージャーはいるものだと証明すること、そしてマネージャーは必要なもの認めさせること

この自分のプライドで続けた先に思えたことがあります。

それは自分も選手もチームをすべて認めるとこができたことでした。

これは自分でも結構意外でした。

叶えたらどうするかどうするかは具体的に考えていなかったけど、叶えて満足したらやめるんだろうなぐらいにしか思ってませんでした。

でもマネージャーを始めて3年過ぎて頃の試合中に試合に1番近いベンチでいつものように仕事をしていた時にふと思えたんです。

真剣に勝つために戦う選手を見て、勝つためにサポート・選手ともになにができるか考えていた時・・・自分もそこにいるのに、まるで第三者のように見ている感で見れて

カラリ
カラリ

陰としてマネージャーでいることってやっぱりいいな

と思えたんです。

今まで他人に認めてもらいたいといった反発心でやってきました。

でもその時は他人とかどうでもよくて「認められなくてもいいのではないか、選手と一緒に勝つためにやれれば、それだけでいいんじゃないか」と思えました。

それ以降、何度が自分を第三者のように見ることがあったけど、何度もそう思えた。

それと同時に、勝つために色々なことをして、耐えて、歯を食いしばってきた選手をみて『敵わない』『自分にはできない、すごいな』と思うようになりました。

それまではそんな風に思うことなんてありませんでした。

自分の目標に向かって進むことことしか考えていなかったので、選手にはなにも思っていなかったんですよ。


でもすごい人達と一緒にチームで戦っているということを自覚したときに

  • ベンチという場所にいれることのすごさ
  • ベンチにマネージャー枠という確立された場所があるすごさ

をマネージャーとして・チームの一員として初めて理解できた気がしました。

≪ベンチに入れる≫

これは選手にとってどれほど欲しい物かを知っているからこそ、席があることがどれだけ幸せなことかわかりました。

そういったことが重なると

たくさん色々な姿を見て・話して・知っていくいちに『うちの選手が1番かっこいい』と思えるくらいの人達が、選手として試合に出て勝つために真剣に戦って、スポットライトを浴びている姿をみたとき嬉しかったです。

『うちのチームの選手すごいだろ』っていえるくらい誇りでした。


自分も選手もチームをすべて認めるとこができたときにマネージャーを続けてよかったと心から思いました。

マネージャーをやりたいと思ったときにやってやりきれたと思えることは私にとって自信になりました。


その自信が今の支えになっていることもあります。

今すぐに次に繋がらなくても何年かたったとき、マネージャーで経験したことが役立つことだってありました。

これが続けた先に思えたことでした。

おわりに

マネージャーだから特別な理由だったり、すごい理由があってしているわけではありません。

人間っていざという時って本当に単純な理由であり、本人が強く望むものだと思います。

自分がしたいからする、自分がそこでやりたいことがあるからする

それだけで十分だと私は思います。

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